注目企業特集
女性の健康課題を経営課題へ。日本メディカルフェムケアアカデミーが挑む組織改革と「鉄人」の猛省
株式会社MTB
代表取締役 岩口 俊介様
- 目次
経済産業省の試算によれば、女性特有の健康課題による経済損失は日本全体で年間約3.4兆円にのぼる。現代社会において女性の社会進出が加速する一方で、生理や更年期といった「身体のバイオリズム」と、男性中心に設計されてきた「労働システム」の乖離は、今なお解消されていない。
この構造的な課題に真っ向から挑むのが、株式会社MTBが運営する「日本メディカルフェムケアアカデミー」だ。同社を率いる代表取締役の岩口俊介氏は、かつて上場企業の営業支店長として、文字通り「鉄人」のごとく働いてきた人物である。そんな彼がなぜ、フェムケアの世界に身を投じ、組織の意識改革に心血を注いでいるのか。そこには、自身の過去への猛省と、日本経済の基盤をアップデートしたいという強い情熱があった。
20年の営業人生で突き当たった「3年で辞めていく女性社員」の謎
岩口氏のキャリアの原点は、20年間にわたる通信系上場企業での営業活動にある。当時は「超ブラック」と自嘲するほどのハードワークが当たり前の時代。岩口氏自身、法事以外で仕事を休んだことがないという驚異的なタフさを誇り、社内では「鉄人」と称されていた。
岩口氏:「営業マネジメントが得意で、全国の拠点を回って新人育成や管理職の指導を行っていました。当時から女性の採用には積極的で、新卒の半分以上は女性。しかも、新人MVPを獲るのは決まって女性でした。しかし、彼女たちの多くは3年と持たずに辞めていってしまう。一方で、事務方の女性たちも40代になると姿を消す。当時は『女性はそういうものだ』と漠然と思い込んでいました」
岩口氏は当時を振り返り、自らの無知を悔いる。パフォーマンス至上主義だった彼は、体調不良で休む社員に対し「早く治してこい」としか声をかけなかった。特に生理痛については「2、3日痛いだけだろう」という程度の認識であり、心のどこかで「女性は使いづらい」とさえ感じていたという。
しかし、知人との縁でフェムケアの事業に関わることになり、その知識を学んだ瞬間、岩口氏は「青天の霹靂」とも言える衝撃を受ける。
岩口氏:「女性には1カ月の中にサイクルがある。週休2日程度でリセットできる男性の疲れとは、根本的に種類が違うんです。生理期間だけでなく、その前のPMS(月経前症候群)を含めれば、月の半分は不調を抱えているケースも少なくない。それなのに、日本の会社組織は男性のバイオリズムに合わせて作られている。これでは女性が長く働き続けられないのは当然だと、ようやく気づいたんです」
かつての部下たちに対し「土下座して謝りたい」と語る岩口氏。その強い後悔の念が、現在の活動の原動力となっている。
フェムケアを福利厚生で終わらせない。3つの実装戦略

日本メディカルフェムケアアカデミーが目指すのは、単なる一時的なブームとしてのフェムケアではない。岩口氏は「男性も女性も、子供も大人も、誰もが当たり前の知識として持つこと」を目的とし、以下の3つの方向にターゲットを絞って展開している。
インフルエンサー・講師の育成
一つ目は、正しい知識を世の中に広める「発信者」の育成だ。SNSや芸能界でもフェムケアを語る人が増えているが、同校では専門的な知識に基づいた教育を行い、個人でお茶会やセミナーを開催するような草の根の活動家を支援している。知識という「ソフト」を普及させるための部隊である。
セラピストの育成
二つ目は、具体的な「施術」を提供できるセラピストの育成だ。「女性特有の悩みがあっても、いきなり婦人科に行くのはハードルが高いという声が多い。何科に行けばいいかわからない、あるいは内診に抵抗がある。そうした方々の受け皿として、エステサロンやマッサージ店がフェムケアの技術を持つべきだと考えています」 病院へ行く前段階のケアを担う場所を増やすことで、女性の健康維持をより身近なものにしようとしている。
企業・自治体への導入支援
三つ目が、岩口氏が最も力を入れている「組織へのアプローチ」だ。岩口氏によれば、国が進める健康経営や女性活躍推進の流れの中で、女性特有の健康課題への対応は、企業にとって重要度を増しているという。
岩口氏は、あるコールセンターでの事例を挙げる。そこでは、毎週水曜日に必ず「生理痛」で休む女性スタッフがいた。男性管理職は違和感を覚えながらも、不適切な発言がセクハラと捉えられるリスクを恐れて、踏み込んだ対話ができずにいたという。
岩口氏:「これはコミュニケーションの欠如と知識不足が原因です。全社員が共通の知識を持つことで、不自然な休み方はしづらくなりますし、逆に本当に苦しんでいる人には適切な配慮ができる。腫れ物に触る環境ではなく、当たり前のこととして話せる土壌を作ることが、管理職のマネジメントスキルとしても不可欠なのです」
47都道府県への展開と「教育現場」への進出
岩口氏の視線は、すでに5年、10年先を見据えている。
岩口氏:「フェムケアについて知りたければ、まず『日本メディカルフェムケアアカデミー』へ行けばいい。そう誰もが思うような存在にしたい」
そのための具体的な構想として、47都道府県すべてにケアができる提携サロンを設置すること、そして各地域の自治体や教育機関との連携を掲げている。すでに大阪府豊中市では市役所職員向けのセミナーを毎年実施しており、自治体との連携についても着実に実績を積み上げている。
岩口氏:「今後は小学校、中学校、そして幼稚園や保育園などの教育現場にも入っていきたい。子どもたちに伝えることは、同時にその親御さんや先生たちにも伝えることになります。一箇所で何百人、何千人に一気にアプローチできる組織の力を使い、リテラシーの底上げを加速させたい」
経営者が今、フェムケアに向き合うべき理由
岩口氏の話は、単なる女性支援の枠を超え、日本経済の「持続可能性」という本質的な課題に及ぶ。
岩口氏が参照した統計によれば、更年期の女性の約半数が昇進を諦めたり、退職を考えたりしているという。また、生理痛によってパフォーマンスが半分も出せないと感じている女性も多い。これは企業にとって、そして社会にとって、あまりにも大きな損失だというのが岩口氏の見立てである。しかし、適切なケアや知識があれば、その不調は改善できる可能性がある。
かつて「鉄人」として現場を牽引した岩口氏が、今は伝道師として、男性経営者たちに語りかける。女性の身体のサイクルを理解し、それを前提とした組織運営を行うことは、もはや単なる福利厚生ではなく、重要な「経営戦略」である。
岩口氏:「女性が働きやすい環境は、結果としてすべての人が働きやすい環境に繋がります。私はこの活動を通じて、かつての自分のような無知なマネジメントを日本からなくしていきたい」
岩口氏の挑戦は、日本企業の「当たり前」を根底から書き換えようとしている。フェムケアというレンズを通して見る未来には、性別を問わず、誰もが持てる力を最大限に発揮できる新しい経済の姿が映し出されていた。
※ 女性特有の健康課題による経済損失(約3.4兆円)
経済産業省ヘルスケア産業課「女性特有の健康課題による経済損失の試算と健康経営の必要性について」
記事要約
- 背景:元上場企業の男性営業幹部が、自らの無知と過去のマネジメントへの猛省から、フェムケアの普及活動に転身。
- 課題:男性中心の労働システムと女性の身体サイクルの乖離が、離職やパフォーマンス低下を招き、日本全体で約3.4兆円の経済損失を生んでいる。
- 活動内容:日本メディカルフェムケアアカデミーを運営し、「発信者」「セラピスト」「企業・自治体」の3方向から教育・普及を展開。
- ビジョン:47都道府県へのサロン展開と教育現場への導入を通じ、フェムケアを「全世代の当たり前の知識」にすることを目指す。
- 社会的意義:女性の健康課題を「経営課題」と捉え直し、組織の意識改革を通じて誰もが力を発揮できる社会を構築する。
取材企業の概要
- 企業名
- 株式会社MTB
- 住所
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〒531-0076
大阪府大阪市北区大淀中2-6-17-1505
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