注目企業特集
27歳で1億円投資──ノアインドアステージが築いた、人が辞めない「ピープルビジネス」経営
ノアインドアステージ株式会社
代表取締役社長 大西 雅之様
- 目次
日本のテニススクール業界で高い知名度を持つ企業の一つが、兵庫県姫路市に本社を置くノアインドアステージ株式会社だ。少子高齢化やレジャーの多様化によりテニス人口の維持が課題とされる中、同社はなぜ「テニスといえばノア」と言われるまでの存在感を築くことができたのか。その原点には、売上4,000万円の時代に27歳で1億円投資を決断した若き経営者の挑戦と、組織崩壊の危機から生まれた「人を大切にする経営」があった。
27歳の若者が挑んだ「1億円」という大勝負
大西氏がテニス事業に携わることになったのは、運命的なタイミングだった。元々、同事業は大西氏の父親が工場の跡地を利用して始めたものだ。大学卒業と同時に後を継ぐ形となった大西氏だったが、当初は「原体験があったわけではない」と語る。
しかし、転機は突然訪れる。
事業開始から7年後、当時の責任者が退職。テニスができる人間が大西氏以外にいなかったことから、彼が本格的に事業を牽引することになったのである。
当時のテニスコートは屋根のないアウトドア仕様。雨が降れば営業できず、夏は暑く冬は寒い。季節変動による顧客の離脱は激しく、採算が合わない日々が続いていた。
大西氏は当時を振り返り、「このままではまずい」と感じたという。
27歳の大西氏は、父に「屋根を付けてくれ」と直談判した。当時の売上高はわずか4,000万円。それに対し、インドア化への投資額は1億円という、常識外れの提案だった。父親からすれば「ドブに金を捨てる」ような賭けであったに違いない。しかし、大西氏には確信があった。既に顧客は存在しており、全天候型にすることで年間1,000万〜2,000万円の売上増が見込めるという計算だ。
最終的に父は「息子が言うのなら」と、自己資金での投資を決断した。この決断がなければ、今のノアインドアステージは存在しなかった。がむしゃらに、無我夢中で突き進んだ20代の情熱が、同社の「インドアテニススクール」としての第一歩を刻んだのである。
テニススクールを「サービス業」として再定義する

施設というハードを整えただけでは、顧客は定着しない。大西氏が次に着手したのは、ソフト面、すなわち「サービス」の質を劇的に変えることだった。当時のテニススクールは、体育会的、スパルタ指導も多く、初心者が楽しく上達できるスクールが少ない状況でした。
そこで大西氏は、テニススクールを「サービス業」として再定義した。「教えてあげる」のではなく「教えさせていただく」。この姿勢の転換が、同社の最大の強みとなった。
「テニスのトップ層ではなかった自分だからこそ、初心者の気持ちが分かった」と大西氏は振り返る。できないことを叱るのではなく、できたことを全力で褒める。主婦層からは「ここに来ると癒やされる」「普段褒められないから嬉しい」という声が上がった。単なるスポーツ指導の場ではなく、テニスを通じて汗をかき、仲間ができる「コミュニティ」の場としての価値を提供し始めたのである。
さらに同社の特徴として挙げられるのが、コーチ陣の若さだ。現場でレッスンを担当する鈴木勝氏によれば、同社では20代の新卒コーチがコートに立つケースも多く、「コーチの年齢層が若い」という声が顧客からよく寄せられるという。自分の息子や娘と同世代のコーチたちが一生懸命働く姿を、親心のような感覚で応援する会員も少なくない。単に指導を受ける場ではなく、スタッフの成長を見守る関係性もまた、同社のコミュニティ価値を形づくっている。
大西氏は、テニススクールを「技術を学ぶ場所」であると同時に、「元気をもらいに来る場所」でもあると捉えている。若いコーチたちがコートを走り回り、笑顔で声をかけ合う活気ある雰囲気そのものが、顧客体験の一部になっているという。スポーツ施設でありながら、人のエネルギーが場の魅力を生み出す――そんな空間づくりを同社は意識してきた。
組織崩壊という最大の危機と「従業員満足度」への目覚め
事業は順調に拡大していた。
2000年代初頭の『テニスの王子様』ブームも追い風となり、関東への出店も進んでいった。しかしその裏で、会社は大きな危機を迎えることになる。
2000年代前半、正社員が60名ほどに増えた時期、ナンバー2やナンバー3を含む中心メンバー5〜6名が一斉に退職し、独立するという大きな離職が起きたのである。当時の大西氏は、自身の私利私欲や「上場させたい」「経営者として認められたい」という功名心に駆られていたという。「従業員を『駒』として扱っていた」と大西氏は述懐する。新卒社員の半分以上が1年以内に辞めていくという、異常な事態に陥っていた。
「なぜ、こんなことになったのか」と絶望の中で大西氏が気づいたのは、従業員の満足度が圧倒的に低かったという事実だ。採用面接の後は従業員に興味を持たず、現場の声も聞いていなかった。ここから大西氏の意識改革が始まる。
従業員満足度の高い企業をベンチマークとし、自ら研修に足を運び学んだという。誕生日に手紙を書く、現場へ頻繁に足を運んで食事会を開く、新店オープンの際は1週間泊まり込んで現場を手伝うなど、努力を積み重ねた。社長自らが目線を下げ、従業員に愛を持って接するようになった。
「子どもが親に愛されるとスクスク育つのと同じで、従業員の自律自発が増えてきた」と語る通り、社内には「この会社のため、上司のために頑張ろう」というポジティブな循環が生まれたと話す。現在、同社の退職理由は家庭の事情などが大半を占め、上司への不満やパワハラといった組織的問題による離職は極めて少ないという。20年以上かけて築き上げた「人を大事にする文化」こそが、同社の大きな強みとなっている。
「環境整備」が育むプロ意識とホスピタリティ

同社のこだわりは、目に見えない文化だけではない。「環境整備」と呼ばれる取り組みで、整理・整頓・清掃・挨拶の徹底を進めた。
導入当初、現場の男性コーチ陣からは猛反発を受けた。「自分たちはテニスを教えるのが仕事で、雑巾がけをするためにいるのではない」という不満だ。しかし、大西氏は妥協せず嫌われることを恐れず、「これは会社にとって絶対に必要なんだ」という思いを伝え続けた。
もともと大西氏は「嫌われることを気にするタイプ」だったという。それでも、会社にとって必要だと信じた施策は妥協せずに続けた。現場から煙たがられる空気を感じながらも、粘り強く取り組みを続けた結果、やがて社員自身が主体的に取り組む文化へと変わっていった。
結果として、この運動は実を結んだ。点数化して競わせることで、競争心の強いスタッフたちのやる気に火がついた。その結果、現在では「ノアは施設が本当に綺麗」という顧客からの評価に直結している。掃除をする姿そのものが顧客への信頼に繋がり、スタッフ同士の連携を強める要因にもなっている。
同社では、顧客体験を支えるのはコーチだけではない。受付スタッフも積極的に顧客とコミュニケーションを取り、レッスン後にフロントで会話を楽しむ時間を目的に来館する会員もいるという。コートの上だけでなく、施設全体で人とのつながりを感じられることが、同社のスクールの魅力となっている。
また、同社のスタッフは顧客一人ひとりの情報を細かく把握している。顧客管理ソフトを活用し、名前で呼ぶのはもちろん、会員との会話の中で得た情報を記録していく。担当スタッフによっては、100人を超える会員の仕事や趣味、生活背景まで把握しているケースもあるという。
こうした積み重ねが、「自分のことを理解してくれている」という安心感を生み、長く通い続ける理由になっている。現場でレッスンを担当する鈴木勝氏によれば、受付スタッフとの会話を楽しみに来館する顧客も多いという。「人=商品」という考え方が、フロントからコートまで徹底されている。
未来を創る「チャレンジ」の精神
テニス人口の減少や、若者の競技離れという逆風が吹く中、ノアインドアステージは次なる一手を模索している。採用面でも、かつてのように「待っていれば応募が来る」時代ではない。そもそもテニススクールのインストラクターは、テニス経験者でなければ務まらない。大学の卒業生数に対してテニス経験者の母数は決して多くなく、採用は簡単ではないのが現実だと大西氏は語る。かつては毎年十数名の新卒採用ができていた時期もあったが、近年は応募数が減少しているという。ただし同社は、「人は環境によって成長する」という考えのもと、入社後の教育によって人材を育てていくことに強い自信を持っている。
大西氏の認識では、一般のテニス愛好者が急激に減っているというよりも、むしろコーチの担い手となる若年層のテニス人口の減少が大きな課題だという。高校のテニス部員数なども減少傾向にあり、将来の指導者層の母集団が縮小していることが、業界全体の構造的な問題になっている。
直接部活動やサークルへアプローチする「部室訪問」や、YouTube広告、大会スポンサーなど、独自のルートを開拓している。従来の求人媒体だけでは、テニス経験者に十分に届かない。そこで同社は、大学のテニス部やサークルへの直接訪問、テニスファンが視聴するYouTubeチャンネルへの広告出稿、大会スポンサー活動など、テニスコミュニティの中に入り込む形で採用活動を展開している。
今、大西氏が次代を担う若者や挑戦者に送るメッセージはシンプルだ。
大西氏:「成功するまで諦めないこと。そして、健全なうちに次のことを考え、先手先手でチャレンジしていくこと。失敗は成功の過程(プロセス)。成功している人の裏には、必ずたくさんの挑戦と失敗がある」
そう語る大西氏にとって、企業経営とは挑戦を続ける営みに他ならない。
46年の歴史を数える同社の歩みは、常に現状に満足せず、新しいことに挑み続けてきた歴史そのものなのである。テニスを単なるスポーツではなく、心身の健康とコミュニティを育むサービスへと昇華させたノアインドアステージ。彼らの視線の先には、少子高齢化社会における新たな「人の繋がり」の形が見えているはずだ。
※テニス人口の推移と市場環境
日本のテニス人口はおよそ312万人。一方で、10代のテニス人口(若年層)は2015年以降減少傾向が続き、ピークの2005年の125万人に対し、2023年は44万人と約3分の1の規模まで縮小している。
日本テニス協会「テニス環境等実態調査報告書」
記事要約
- 創業と転機:父から継承したテニス事業において、27歳で1億円を投じて全天候型のインドアコート化を断行。これが現在の成長の礎となった。
- サービス業としての確立:競技重視の「教える」姿勢から、コミュニティ価値を重視した「教えさせていただく」姿勢へ転換。初心者や主婦層が居心地良く過ごせるコミュニティとしての価値を創出した。
- 組織の再構築:かつての大量離職という苦い経験から「従業員満足度」を最優先する経営へ。社長自らが現場に寄り添い、愛を持って接することで、自律的な組織文化を構築した。
- 強みの源泉:「人=商品」と考え、全スタッフが顧客情報を把握し、名前で呼ぶなどの深いコミュニケーションを実践。また「環境整備」の徹底により、高い施設クオリティを維持している。
- 未来への挑戦:テニス人口の減少という業界課題に対し、積極的な採用活動や次の一手を見据えた先手のチャレンジを継続し、永続的な企業を目指している。
取材企業の概要
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