注目企業特集
「私」を生きる勇気が、日本のインフラへ。SHE福田恵里が語る、生き方に伴走する熱狂コミュニティの真価
SHE株式会社
代表取締役社長 福田 恵里様
- 目次
日本は今、構造的な転換期にあるかもしれない。特に労働市場における女性の活躍は、GDP向上や地方創生という文脈で欠かせないピースとなっている。しかし、依然として多くの女性が「自分には何もない」「キャリアの先が見えない」という閉塞感に苛まれているのも事実だ。
こうした社会課題に対し、単なるスキル提供にとどまらず、女性一人ひとりの「生き方の変化に伴走する」スタートアップがある。主要サービスである女性向けキャリアスクール「SHElikes(シーライクス)」を中心に、キャリア支援プラットフォームを展開するSHE株式会社である。
同社を率いる福田恵里氏は、創業3年目に「個人で1億円の借金」という壮絶な局面を経験しながらも、日本の女性が抱える課題に向き合い、可能性を広げるために奔走してきた。彼女の原体験から、倒産の危機を乗り越えた経営判断、そして「全国展開」を見据えた未来構想まで、その「想い」と「挑戦」の軌跡を追った。
画一的な価値観への違和感とサンフランシスコでの衝撃
福田氏の歩みの原点は、滋賀県の静かな田舎町にある。周囲は「高い偏差値の学校へ入り、有名な会社へ就職すれば安泰」という画一的な成功モデルを信じて疑わない環境だった。福田氏自身もその価値観の中で育ったが、大学進学後に転機が訪れる。
周囲を見渡せば、自ら夢を持ち、起業やNPO活動に没頭する同世代が溢れていた。それまでの価値観が揺らぎ、「自分には何もない」という強烈な焦燥感と違和感を抱いた彼女は、環境を劇的に変える決断をする。
「人が変わるには『住む場所』『時間配分』『付き合う人』を変えるしかない」という言葉を指針に、アメリカ・サンフランシスコへの留学を強行した。そこで目にしたのは、20歳の若者たちがパソコン一台で世界を変えるWebサービスを開発し、スタンフォード大学の学生を相手にテストを繰り返す熱狂的な光景だった。
福田氏:「起業家という生き物が、自分と同じ20歳でこれほどまでに本気で世界を変えようとしているのかと、衝撃を受けた」
その衝撃は、福田氏のキャリア観を180度塗り替えた。「どうすればアプリが作れるのか」という問いに対し、現地の起業家から返ってきた答えは「デザインとプログラミングの知識さえあれば、あなたでもできる」という極めてシンプルなものだった。ここから福田氏の、テクノロジーを武器にした挑戦が幕を開ける。
「女子会のようなプログラミング教室」が証明した本質的ニーズ
帰国後、デジタルスキルを学び始めた福田氏を待っていたのは、日本のIT教育現場における「女性の不在」だった。30人から50人規模の勉強会で、女性は自分一人という状況が常態化していた。
15年前の日本では、プログラミングは理系の男子学生だけのものという空気が強かった。しかし、福田氏は「女性こそ、この技術があれば出産や育児などのライフイベントに左右されずどこでも働けるはずだ」という確信を抱く。
全く興味のなかった女性が「学びたい」と思える場所を作る。そう決意した彼女は、大学生ながら「日本で一番可愛いWebスクール」をコンセプトに、SNSで講座を告知した。当時、2万円の受講料で募集した50名の枠はわずか1時間で完売。一気に100万円を売り上げるという成功を収めた。
この成功は、のちに新卒で入社したリクルート時代も「二足の草鞋」として続けられた。難しい専門用語を排除し、サーバーの仕組みを「クマさんの家」に例えて解説する。開発の合間にヨガを取り入れ、有名店のスイーツを共に楽しむ。
「女子会のようなプログラミング教室」という独自の体験設計は熱狂を呼び、数百人の女性との対話を通じて、福田氏は一つの真理に辿り着く。
彼女たちが求めていたのは、プログラミングそのものではなかった。本当の望みは「自分に何が向いているのか」「どう生きていけばいいのか」という、出口の見えない「キャリア迷子」からの脱却だったのである。
事業が白紙の状態で掲げた「自分にしかない価値」というビジョン
そこで生まれたのが、現在の公式サイトにも掲げられている「一人一人が自分にしかない価値を発揮し、熱狂して生きる世の中を創る」というビジョンである。
この言葉には、福田氏自身の「出る杭は打たれる」という日本の同調圧力に対する強い反発が込められている。他人と違うことで揶揄され、いじめられるような風潮を変えたい。誰にでも必ずある「自分にしかない価値」を見出し、寄り添いながら伴走する。事業の詳細は未定のまま、この「在りたい世界」だけが先に決まった。
ビジョンが先行し、それを体現するための手段として、かつてのプログラミング教室は「SHElikes」を筆頭とするキャリアプラットフォームへと進化を遂げていくことになる。
単なる「スキルのスクール」ではない、熱狂コミュニティの真価
現在、同社はキャリアスクール「SHElikes」のほか、より専門性を高める「SHElikes PRO デザイナー」、マネースクール「SHEmoney」、仕事案件の公募やマッチングを行う「SHE WORKS」など、多角的に事業を展開している。しかし、福田氏は「SHElikesは単なるスキルのスクールではなく『生き方の学校』である」と捉えている。
その最大の強みは、他社が模倣できない「熱狂的なコミュニティ」にある。X(旧Twitter)では、月間約2万件に及ぶ「SHEで人生が変わった」という口コミが、何のインセンティブもなしに自発的に投稿されている。
多くのユーザーが求めているのは「年収アップ」といった機能価値以上に、自身のマインドセットの変革だ。福田氏は、日本の女性の自己肯定感の低さを大きな課題の一つとして捉えており、入会者の多くは「何のスキルもない自分には価値がない」と思い込んでいるという。
SHEは、学習体験の中に「エフィカシー(自己効力感)」を高める設計を組み込んだ。
- Content:コンテンツ(学習内容)
- Community:コミュニティ(切磋琢磨する仲間)
- Coaching:コーチング(1on1でビジョンを描く場)
この「3C」を循環させることで、受講生は「私ならできる、私だからできる」という確信、つまり「人生を選択する手綱」を自らの手に取り戻す。論文でも示されている通り、人の幸福度を左右するのは「自己決定感」である。SHEは、そのための「武器(スキル)」と「勇気(マインド)」を授ける場として機能しているのだ。
「個人で1億円の借金」倒産危機と背水の陣での決断
順風満帆に見えたSHEの経営だが、創業3年目に最大の危機が訪れる。経営上の諸事情により、福田氏個人が「億単位の借金」を背負わなければ会社を存続できない状況に追い込まれたのである。
「個人で1億円」という数字は、一介の起業家にとって想像を絶する重みである。しかも、その時福田氏は初めての子を妊娠していた。
福田氏:「もし失敗すれば、家族に多大な迷惑がかかる。生まれてくる子どもが、最初から親に1億円の借金がある状態で育つことになる」
1年もの間、彼女は頭が禿げるほど悩み、自問自答を繰り返した。株主や周囲に相談を重ねたが、現場で戦うメンバーにはこの窮状を一切明かせなかった。メンバーたちが月次目標を達成し、「スタートアップとしてさらに成長しよう」と意気込んでいる裏で、福田氏は「来月には会社が消滅するかもしれない」というヒリヒリとしたプレッシャーに一人耐えていた。
最終的に、彼女は「自分が選んだ選択を正解にするしかない」と覚悟を決めた。知人、家族、株主のあらゆる伝手を頼り、頭を下げて回って1億円の資金を工面した。
この決断から5年。SHEは当時から売上を約20倍に伸ばし、1億円の借金も完済した。「あの時の選択を胸を張って正解だと言えるように成長させてきた」と語る福田氏の言葉には、修羅場をくぐり抜けた経営者特有の静かな強さが宿っている。
地方の女性が抱える構造的課題と、目指すべき「インフラ」の姿
現在のSHEが次に見据えるステップは、BtoB事業の拡大による受講生の就業支援と、そして拠点の全国展開である。
青山、銀座、名古屋、大阪の既存拠点に加え、福岡にも進出。さらに横浜の開設も決定し、札幌への展開も視野に入れている。福田氏が地方展開にこだわる背景には、地方自治体が抱える「若年女性の人口流出」という深刻な課題がある。
日本の地方都市は製造業が主軸であり、工場勤務のような長時間労働が前提の職場が多い。また、保育士や介護士といったエッセンシャルワーカーも、都市部との時給格差から流出が止まらない。「地元に残りたくても、働き口がない、リモートで働けるスキルがない」という理由で、女性たちが都市部へ一極集中し、地方は少子高齢化の悪循環に陥っている。
福田氏は、この構造を「リスキリング」の力で変えようとしている。
福田氏:「大好きな地元に残りながら、自分の可能性を広げる仕事ができる。それが日本のGDP向上、そして地方創生のエコシステム構築に繋がる」
格差や不均衡を是正し、キャリアに悩んだら誰もが『SHE』に辿り着くような「女性の生き方のインフラになっていきたい」と、その決意を語る。
全人類に告ぐ「一度は起業したほうがいい」という本気の提言
インタビューの締めくくりに、福田氏は起業を志す人々へ向けた力強いメッセージを寄せた。彼女は「全人類、人生で一度は起業を経験したほうがいい」と本気で考えているという。
その理由は、起業がもたらす「自己決定感」の圧倒的な自由度にある。
福田氏:「誰と働くか、自分の時間を何に投じるか、お金をどう使うか。すべてを自分の意思で決め、自分の人生の手綱を握る感覚。これは会社員時代には決して味わえなかったものです」
かつてのように、会社を辞めて全財産を投げ打つような「背水の陣」だけが起業ではない。副業からのスタートや、AIを駆使した最小限のリスクでの創業も可能な時代になった。
福田氏:「起業を経験することで、世界の見え方は180度変わる」
福田恵里氏とSHEの挑戦は、かつての滋賀の少女が抱いた小さな違和感から始まり、今や多くの女性の生き方を変え、地域経済を揺り動かす大きなうねりとなった。「私だからできる」と胸を張る女性たちが溢れる日本を作るため、彼女たちの熱狂はこれからも加速していく。
自己決定感と幸福度の関係について
※ 神戸大学アンケート調査:所得や学歴より「自己決定」が幸福度を上げる「幸福感と自己決定—日本における実証研究」
記事要約
- 創業の原体験:福田恵里氏は滋賀県での画一的な価値観に違和感を抱き、留学先のサンフランシスコで同世代の起業家が熱狂する姿に衝撃を受け、テクノロジーを武器に自らの道を切り拓くことを決意した。
- SHEの本質:スキル提供のみならず、生き方の変化に伴走することを重視。コンテンツ・コミュニティ・コーチング(3C)を通じ、自己効力感を高めることで女性のキャリア支援を行っている。
- 経営の危機と覚悟:創業3年目に、妊娠中という状況で個人1億円の借金を背負う倒産の危機に直面。背水の陣で会社を存続させ、5年かけて完済。この経験が「選択を自ら正解にする」という強い経営基盤となった。
- 地方創生への貢献:東京・大阪・名古屋に加え、福岡の新拠点もオープン。今後はさらに全国へ拠点を広げる構想を持ち、リスキリングを通じて地方女性の就労機会を創出することで、人口流出の阻止を目指している。
- 起業へのメッセージ:人生のあらゆる要素を自ら決定する「手綱を握る感覚」を重視し、リスクを抑えた起業が可能な現代において、全人類が一度は起業を経験すべきだと説いている。
取材企業の概要
- 企業名
- SHE株式会社
- 住所
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〒107-0062
東京都港区南青山3丁目7-21
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