注目企業特集
エンジニア報酬還元率80%の衝撃。株式会社HALが挑む「不透明なきSES」と、売上1000億への逆転劇
株式会社HAL
代表取締役 寺西 信夫様
- 目次
IT業界に根深く残る「多重下請け構造」と、それに伴う「エンジニアの低賃金・使い捨て」という課題。この構造的な歪みに真っ向から立ち向かい、急拡大を続けている企業がある。株式会社HALだ。
同社が掲げる「報酬還元率80%」という数字は、業界の常識を打ち破る。しかし、その裏側にあるのは単なる薄利多売の戦略ではない。創業者・寺西信夫氏が歩んできた波瀾万丈の半生と、仲間の死、そして組織の崩壊といった幾多の苦難から導き出された「人を守り、人を活かす」という不変の信念である。
どん底の窓拭きから始まった「人生のやり直し」
株式会社HALの代表取締役、寺西信夫氏の経歴は異色である。大学卒業までに10年を要し、28歳でようやくエンジニアとして社会に出た。その後、保険営業に転じるも失敗。家族を養うために学生時代の経験を活かし、ビルの窓拭き作業員として3年間、糊口を凌ぐ日々を送っていた時期もある。
転機は1999年のクリスマスに訪れた。趣味の麻雀で「上がれば死ぬ」と言われるほどの稀少な役、九蓮宝燈(チューレンポウトウ)を和了ったのだ。寺西氏はこの奇跡を「人生をやり直せという合図」と捉えた。
エンジニアと営業、双方の経験を活かせる道として選んだのが、ITエンジニアの派遣営業だった。IBM出身のオーナーが経営する厳しい環境下で必死に結果を出し、そこで後の共同創業者となる天野氏と出会う。
防衛大学校出身で香港での起業経験も持つ波瀾万丈な男、天野氏。彼と共に「自分たちが潤うだけでなく、働くエンジニアのために柱を立てた会社を作ろう」と誓い、2003年8月、株式会社HALは産声を上げた。
エンジニアを「お客様」として扱う「3つの約束」

創業当初から、寺西氏と天野氏が徹底して守り抜いてきた「3つの約束」がある。それは、当時のSES(システムエンジニアリングサービス)業界が抱えていた不透明さに対する、強烈なアンチテーゼであった。
1つ目は、「商流の浅い、上流の案件を探すこと」。2つ目は、「ガラス張りの給与体系と8割還元」。3つ目は、「本人が希望する案件を選べる環境」である。
同社の思想は単なる高還元モデルに留まらない。寺西氏は「エンジニアの満足度が第一」と繰り返す。エンジニアが満足して働ける環境を整えることが、結果として顧客満足度の向上と企業評価の上昇につながるという考えだ。
そのためHALでは、顧客からの報酬の80%を還元する明確な給与体系に加え、エンドユーザーやSIerの直案件を重視することで、エンジニアの市場価値を最大化する施策を取っている。単なる派遣ではなく、キャリア形成を前提としたアサインが基本方針となっている。
取材に同席した常務取締役の三井氏は、SES業界における一般的な課題について、スキルが上がっても給与に反映されにくい点や、評価制度が曖昧である点などを挙げる。そのうえで、HALでは「ガラス張りの給与体系」を掲げ、案件単価の一定割合(80%)をエンジニアに還元する仕組みを採用していると説明する。会社の利益は2割にとどめ、残りをエンジニアへ還元するという明確な方針が、納得感のある働き方につながっているという。
また、同社では営業担当による継続的なフォロー体制を重視しており、派遣先が決まった後も定期的に状況をヒアリングする体制を敷いている。前職では「ほったらかしにされていた」と感じていた中途入社者からは、フォローの手厚さや案件の選択肢の多さを評価する声が多いという。こうした積み重ねが、安定稼働や継続取引にもつながっていると三井氏は語る。
寺西氏は、社内の営業担当に対し 「エンジニアは部下でも同僚でもなく、お客様だと思って接しなさい」 と教育している。ホテルオークラやディズニーランドのようなホスピタリティを持って接すること。精神的に負荷のかかりやすいエンジニアの心に寄り添い、優しく接すること。この姿勢こそが、同社の強固な信頼関係の礎となっている。
離職率の低さが生む、クライアントへの真の価値
一方で、高還元・高待遇はビジネスとして成立するのかという懸念も生じる。このモデルこそがクライアントにとっても最大のメリットになると説明する。
寺西氏:「お客様が最も困るのは、プロジェクトの完遂前にエンジニアが突然離脱したり、フォロー不足で生産性が下がったりすることです。弊社のモデルはエンジニアの満足度に直結しており、それが結果として離職率の低さと安定稼働に繋がっています」
また、社員と会社の関係性について「案件を選ぶ際も、単に単価が高い方へ誘導するのではなく、本人の将来のキャリアやライフスタイルを最優先します。無理なアサインをしないからこそ、エンジニアのモチベーションが維持され、結果としてクライアントからの信頼を勝ち取ることができるのです」と同社側は説明する。
競合他社に比べて見積単価が高くなるケースもある。しかし、「高くても、ここまで安定して完遂してくれるなら次もHALにお願いしたい」という声が、多くの取引先企業から寄せられているのだ。
エンジニアの定着率の高さを支えているのは、思想だけではない。具体的な制度設計も徹底されている。同社では営業部と人事採用部が役割を分担し、案件紹介とフォローアップを二重体制で行う。定期面談では「担当営業についてどう思うか」といった率直な質問を投げかけ、本音を引き出す仕組みを設けている。

さらに、社内にはIT勉強会やゲーム部、投資部などのサークル活動があり、ハロウィンやクリスマスイベントも開催される。東京駅前の一等地に構える内装にこだわったオフィス環境も、同社の象徴的な取り組みの一つだ。給与面でも他社比で高水準を維持し、昇給幅も大きく設計しているという。
こうした積み重ねが、エンジニアが安心して長期的に働ける環境を生み出している。
仲間の死と組織の崩壊、裁判を乗り越えて
現在の快進撃からは想像もつかないが、HALの歩みは苦難の連続であった。 2010年、苦楽を共にしてきた共同創業者の天野氏が、脳出血により急逝。毎日顔を合わせていた戦友を失った衝撃は計り知れなかった。
さらに、リーマンショックの荒波が同社を襲う。150名いたエンジニアのうち、半数近い70名の案件が突如消滅。資金が枯渇し、倒産の危機に瀕した。寺西氏は断腸の思いで社員を集め、「賞与が払えない」と正直に打ち明けた。丁寧に説明した結果、辞めた社員は1名にとどまったという。
しかし、2018年には同社にとって大きな試練が訪れる。信頼していた幹部社員が地方拠点の責任者らとともに退職し、約70名のエンジニアが一斉に離脱する事態となった。組織にとっては大きな痛手だったが、寺西氏は法的措置を取り、最終的には裁判で勝訴し約3000万円を回収するに至った。
寺西氏は、創業以来さまざまな困難を経験してきたと振り返る。共同創業者の急逝、リーマンショックによる大量の案件消失、労働基準監督署の調査対応、そして幹部の離脱と訴訟。順風満帆とは言い難い局面の連続だった。それでも、その都度「エンジニアのための会社である」という原点に立ち返り、説明責任を果たしながら組織を立て直してきたという。
寺西氏はこうした経験を通じて、経営において最も重要なのは、困難な状況であっても社員に誠実に向き合い、丁寧に説明する姿勢だと実感したと語っている。
売上1000億、そして1兆円企業への「絶対条件」
数々の荒波を越えた今、株式会社HALはかつてない勢いで拡大している。同社発表によると社員数は1,500名台を超え、売上高は100億円を突破する見込み。
さらなる成長に向けた課題と展望を「現在は若手から中堅層のエンジニアが中心ですが、今後はハイスキル層にもさらに魅力的な環境を提供していく必要があります。SESだけでなく、受託開発や準委任契約など、エンジニアがより裁量を持って貢献できるポジションを増やしていくことが目下の目標です」とした。
寺西氏の視線はさらに先を見据え、より具体的な数字を掲げている。
寺西氏:「エンジニア2万人、売上1000億円以上。その先にナスダック上場を見据えています。最低でも売上1000億円。その先には1兆円の山が見える」
現在の成長ペースを維持すれば、2030年前後での上場も射程圏に入るという。もっとも寺西氏は「無理な拡大はしない」とも強調する。人を集めること自体が目的ではなく、あくまで“エンジニアのための会社”であることが前提だ。
今後の展望として、IT人材ビジネスの深化に加え、介護・看護師派遣といった新規の人材ビジネスへの進出も視野に入れている。IT業界の構造を健全化し、エンジニアが主役となれる社会を作る。どん底から這い上がった一人の経営者の「執念」が、日本のIT業界の常識を今、根底から塗り替えようとしている。
寺西氏:「人に対して感謝の気持ちを持っていなければ、人はついてこない」
紆余曲折の人生を経てたどり着いた経営哲学は、派手なスローガンではなく、極めて人間的な原理原則に根ざしている。誠実であること。説明を尽くすこと。約束を守ること。その積み重ねが、エンジニアという専門職を尊重する企業文化を形作っている。
記事要約
- エンジニアの納得感を最大化する「報酬80%還元」:ガラス張りの給与体系と高還元率により、エンジニアが自身の市場価値を実感できる環境を構築。この透明性が現場のモチベーションと低い離職率を支えている。
- 挫折と裏切りを乗り越えた強靭な経営:窓拭き作業員からの再起、共同創業者の急逝、そして幹部による社員引き抜き事件。数々の困難を寺西氏の強い執念と正義感で乗り越え、より強固な組織へと進化を遂げた。
- クライアントに提供する「安定」という価値:エンジニア一人ひとりのキャリアに寄り添うアサインにより、プロジェクトの離脱を最小限に抑制。エンジニアの満足度がそのままクライアントへの信頼に直結している。
- 1000億円企業、さらには1兆円への飛躍 :現在のSES事業を基盤としつつ、ハイスキル層向けの受託開発や、介護・看護といった他業種の人材ビジネスへの進出も計画。業界構造そのものの変革を目指し、巨大企業への道を突き進む。
取材企業の概要
- 企業名
- 株式会社HAL
- 本社住所
-
〒100-6906
東京都千代田区丸の内二丁目6番1号 丸の内パークビルディング6階
新着記事
-
27歳で1億円投資──ノアインドアステージが築いた、人が辞めない「ピープルビジネス」経営
日本のテニススクール業界で高い知名度を持つ企業の一つが、兵庫県姫路市に本社を置くノアインドアステージ株式会社だ。少子高齢化やレジャーの多様化によりテニス人口の維持が課題とされる中、同社はなぜ「テニスといえばノア」と言われるまでの存在感を築くことができたのか。 -
中古住宅の「価値の見える化」――価値住宅株式会社・髙橋正典氏が描く、社会貢献の未来
日本の住宅市場が大きな転換期を迎えている。長らく「新築至上主義」が続いてきたこの国で、中古住宅を単なる「古家」としてではなく、適切な維持管理と評価に基づいた「資産」として再生させようと奔走する人物がいる。 -
「人生の転機の不安を、安心へ」三菱商事・プルデンシャルを経て挑む「引越し業界」の変革。株式会社OSD代表ドッズ氏が描く、ライフイベントに寄り添う支援の未来
日本の引越し業界は、営業コストが価格に転嫁され納得感を損ねやすく、長きにわたり「過酷な営業競争」という構造的な課題を抱えてきた。一括査定サイトに登録すれば、多数の営業電話が相次ぐこともある。 -
時代の本質を見極め、”次のあたりまえ”を創る――社会課題を成長の糧に変えるヘルスベイシスの挑戦
少子高齢化、労働人口の減少、そして急速なAIの台頭。激動の時代を迎えている日本経済において、既存の枠組みに捉われず、社会課題の解決を起点に事業を展開する企業がある。株式会社ヘルスベイシスだ。 -
AI時代でも価値が残る理由とは?エビデンス時代に求められる専門性——MedInfo株式会社の医学論文検索サービスと成長戦略
医学の進歩は、膨大な情報の積み重ねによって支えられている。しかし、日々刻々と更新される膨大な医学論文の中から、特定の症例や治療に直結する一編を探し出す作業は、多忙を極める臨床医にとって大きな負担である。